Home » 素朴な味の五平餅
サービスエリアの定番・郷土料理
中央自動車道のサービスエリアを利用したことがある人なら、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。五平餅は木曽・伊那地方から岐阜、三河にかけて広く伝わる郷土料理のひとつです。その名は文豪・島崎藤村の代表作「夜明け前」の一説にも登場します。
その晩、家のもの一同は炉辺に集まった。隠居はじめ、吉左衛門から、佐吉まで一緒になった。隣家の伏見家からは少年の鶴松も招かれて来て、半蔵の隣に坐った。おふきが炉で焼く御幣餅の香気はあたりに満ち溢れた。
「鶴さん、これが吾家の嫁ですよ。」
とおまんは隣家の子息にお民を引合せて、串差にした御幣餅をその膳に載せてすすめた。こんがりと狐色に焼けた胡桃醤油のうまそうなやつは、新夫婦の膳にも上った。吉左衛門夫婦はこの質素な、しかし心の籠った山家料理で、半蔵やお民の前途を祝福した。
新潮文庫『夜明け前』より
このように五平餅とはお祭りや新米の収穫が終わった「秋じまい」、お祝い事など特別な席で食べられるものでした。一般家庭でよく作られたのは、やはり新米のお祝いとして。素朴な味ながらけして日常的に食べるようなものではなかったのですね。そのため子どもたちにとってお祭りやお祝いの席は「五平餅が食べられる!」とうれしい機会だったようです。また大切なお客様をお迎えするような場合も、五平餅は会食の場に登ります。ただし奥様の準備が整わない急な来訪の場合は、まるでお寿司をとるかのように五平餅の出前をとるのだとか。サービスエリアの定番郷土料理がこんなに珍重されていることも驚きですが、そんな宅配サービスがあることにも驚きですね!
五平餅、その豊富なバリエーション
さてその五平餅ですが、基本的には木の棒に柔らかく炊いて潰したうるち米を、固まりにしてくっつけて作ります。その形は地域によって様々あり、団子型やわらじ型が多いようです。また形を整えた後は、これまた地域によって違うタレを塗りながら焼き上げていきます。タレには味噌や醤油などの種類があり、クルミや落花生、ゴマなどをすりつぶして入れてしあげます。P_START魚河岸 丸天
魚河岸 丸天についての情報をお探し中のあなたのために、情報を提供しています。P_ENDほのかに焦げたタレから立ち上るタレの香りは、日本人なら誰しもが食欲を刺激される香りでしょう。かりっと焼けた表面を口に含むと、柔らかな白米が香ばしいタレと調和していきます。
ところで五平餅の形ですが、中津川市周辺では団子型が多く見られるようです。団子型はその名の通り、球状に丸めただんごを3つほど串に刺して作ります。このちょっとひと手間かけた形は、食べやすさと見た目を優先したいわば「お客さん向け」。これはもともと中津川市周辺が京と江戸を結ぶ中山道沿いに位置し、旅人に供する機会が多かったことから生まれたものではないかと見られています。
一方のわらじ型ですが、こちらは恵那市周辺に多く見ることができます。また中津川市市内でも一部にわらじ型を多く見られる地域もあります。また恵那市内の山の請(山の神に感謝を捧げる祭り)では、地区によっておよそ1mの巨大五平餅が男たちの手によって作られます。この五平餅はさながら巨大なきりたんぽ。P_START和民 青梅店-ホットペッパー
和民 青梅店の情報ならP_ENDこの点を考えても五平餅の形は古くはわらじ型(あるいはきりたんぽ型)に近かったのではと考えられます。
なお味付けのタレは、団子型には醤油系が、わらじ系には味噌系が多いようです。岐阜県は名古屋と同じく味噌文化の強い地域ですから、この点を見ても団子型が旅人向けに改良された様子が推測できます。P_STARTHIDE OUT
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五平餅、名前の由来
五平餅は時として御幣餅と書かれることがあります。これは"ごへいもち"の名前の由来に、2つの説があるためです。まずはある村に住んでいた五平さんが作り始めたから、という説。もうひとつは、その形が山の神様に捧げる御幣の形に似ていたからという説です。